信号機みんなで渡れば雨の秋

ひと雨ごとに秋が濃くなると言うが、近頃はひと雨で一足飛びに冬に突入してしまう感がなくもない。
気候までが「厭なご時世だなあ」ということになってしまった。我が家は武蔵野のマンションの6階にあって、東側の窓の彼方にある高井戸の焼却炉の煙突がどのくらい見えるかによって、その日の空気感を図ってみるのを毎朝の常としている。今日(10/7)は、視力2.0の人なら見えるかもしれないという、僕にとっては「目を凝らすと見えているような気もするのだけれど」といったことろ。北側の窓から井の頭通りの交差点を見下ろすと、通勤通学の老若男女が赤になると溜まっていき、青になると渡っていく。交差点というのも見飽きないものだなあ。秋の雨(10/9)

裏切りの薄き苦さよ檸檬めっ

檸檬といえば、かつては梶井基次郎の専売特許であった。僕は、ここではさだまさし。盗んだ囓りかけの檸檬を、聖橋から中央線へ投げる。捨て去る時には出来るだけ遠くへ投げるものよ、と、ヒロインは嘯く。あの頃、似通った境遇にいた僕は、胸を絞られるような気持ちで聴いたものであった。だったかな?檸檬に季節を感じなくなってから久しいような気がする。その分、象徴性がなくなった、可愛さがなくなった。しかし今日でも、聖橋から見る神田川と中央線、お茶の水駅から見る神田川と聖橋、地上を走る地下鉄丸ノ内線は、東京で大好きな風景のひとつである。檸檬(10/5)

大の字に木の実降る音ほしいまま

「日本の山岳」という切手シリーズが9月22日に発売されたけれど、我が故郷の名峰、修験者の霊峰として名高い英彦山(ひこさん)は採用されていない。図書館で「日本百名山」を開いてみても載っていない。残念である。悔しくてならない。しかし、「名峰に順番を付けるなど、邪道である」と言い聞かせてもいる。故郷を話題にしたのは、小生の63歳の誕生日が十月二日であったから。そして、最近、区切りになる日付を目にしてセンチメンタルになることが増えたせいかもしれない。英彦山は、北九州に住んでいた杉田久女が度々訪れ「谺して山ほととぎす欲しいまま」の一句を得た場所でもある。今回は、少年の頃に記憶とともにオマージュを捧げてみました。木の実降る(10/3)