東京には「谷」の字を持つ住所がいくつもある。四谷、千駄ヶ谷、碑文谷、入谷、下谷、そして今や若者の街となった渋谷など。当然、その名は地形に由来するのであろう。アイヌの言葉で「ヤ」は、低く湿った土地という意味だと聞いた記憶もある。中沢新一氏の名著「アースダイバー」によると、江戸・東京と呼ばれる、現在では一見平坦に感じられる一帯は、縄文時代には夥しい数の水脈に浸食された凹凸の激しい丘陵地帯だったらしい。そうだ、だからこそ東京に坂道が多いのも道理である。そして、坂道を下り切った場所には、古代の名残である川が流れているはずである。そのほとんどは、今や暗渠となってしまった。狂おしいほどの馬鹿げた喧噪に沸き返る、その足下には暗く濁った静脈のように、古代から続く水脈が流れていると想像すると、足下から身体へと青い冷気が沁み入って来るようである.(2/28)